伊太利屋と時計
時々「エルム」へ来てくださる「Casa伊太利屋」の木俣ご夫妻。ご主人は中々の「イケメン」で目立っていました。 「おしん」に出演していた菅原佐知子さんのライブには欠かさずご来店。彼女の歌う「約束」は、エルムシスターズにも影響を与えました。 クツ、ファッションブランドを扱うお店の記念日に贈って下さった懐中時計は今もここにあります。...
View Article朝日新聞と巨大ルーペ
毎月1回朝日新聞夕刊に出稿し続けた「アプローズ」(50年も続いた!)は、業界では「逆セットくずれ」と評判。 朝刊しか取らない家庭も多いのに、逆に夕刊だけと言うのは異例で「アプローズ」を考案した広告局職員は社長から特別表彰。朝日新聞の「読み物風広告」としては、他に何ページもわたって書かれていた「アンディー・ムジーク」というものもありました。...
View Article上野のLive Space Qui
眼下の借景がとても美しいジャズ・ライブハウスとして出発した「Live Space Qui」は1階の「うなぎ」店からライブ客席へ出前も以来できるゴージャスな”大人の空間”。いまでは、シャンソンやジャズをはじめ様々な大人の音楽が楽しめる場所として人気となっています。...
View Article甦るシネマテーク
名古屋のミニ・シアターとして「シネ・アスト」と共に気を吐いた「シネマテーク」が「ナゴヤキネマ・ノイ」として再生。 「キネマ」と言う表現にノスタルジーも感じますが、それ以上に予定金額を上回る支援金が集まった事に「もう名古屋を文化不毛の地とは言わせないぞ」と言いたい!新しい活動が展開される事を祝したいと思います。...
View Article心のワクチン・ライブ、フィナーレ
長い間、私の音楽仲間であり友人の「水野喜久」さん。 彼女は活動拠点「アグロポリ」を中心に師と仰ぐ「アウレリオ・フィエーロ」の応援のもと、イタリアで立派な軌跡を残され、レジェンド歌手として現役で活躍されています。 更にアルゼンチンの(と言うより世界の)アストル・ピアソラが彼女の歌をmss会館で聴いて「日本のヒナマリア」と絶賛しました。(注:中南米No1のオペラ歌手ヒナマリア・イダルゴのこと)...
View Articleまたも燃え尽き症候群/天児牛大74才にて逝去
日本より海外(特にフランス)での評価が高い「暗黒舞踊」代表格の一人「天児牛大」氏が74才で亡くなられたと知った。 大野一雄の流れを組み「大駱駝艦」創設時のメンバーだった天児氏は、鈴南座でお目にかかった事がある。その時には「山海塾」を率いていた。40年ほど前「パリ市立劇場」を活動拠点とした彼がいかに高く評価されたかは「フランス芸術文化勲章コマンド―ル」を叙勲された事でも分かる。...
View Article名演・怪演が目立つ麿赤児
この所「暗黒舞踊の総帥」としてではなく名脇役としてテレビドラマに登場する「麿赤児」。 唐十郎(赤テント)、寺山修司と共にファンの一人だった私だけに「はやぶさ消防団」の和尚役、夜ドラ「インディゴの夜」の彫師役等の当たり役が好ましく拍手!!いささか変人の類の私ですので他人と違ったものを好む様です。...
View Article奥田晶子、復活!
今の名前に改名する前から音楽仲間である歌手「奥田晶子」が久しぶりにエルムに出演。重病で故郷に戻って療養していた為、ステージ復帰は難しいと思っていました。 彼女は、ステージに立ち「エルムに出演できたなんて夢みたい」と話をされたと聞きました。コロナもあって淋しい話が多い中、パワーをもらえる嬉しい話。そしてNEW ALBUMをサプライズで発表!...
View Article嵯峨美子さんのこだわり
女優出身でありながら(?)淡々とした歌声が魅力のシャンソン歌手「嵯峨美子」さん。シャンソン界の第一線での活躍を永く続けている。 かつて「ベルシャトー南山」の「レッド・ホース」で頭角を現しつつあった「小林真由美」が共演を熱望し、応えて下さいました。嵯峨さんは「ジュルジュ・ムスタキ」に気に入られて日本公演を行って話題となりました。...
View Article法定訳詞が広がりますように
アマチュアのシャンソン愛好家はエネルギーがあって、毎年発表会を華々しく開催。 そんな例として「ボン・ボナージョ」の平野さん門下生が実施するもの有。そのメンバーにお知り合いの方が居て参考資料としてCD「友情物語」と楽譜を差し上げました。とても熱心で筆まめなので、その方を通じて「法定訳詞」の存在を広めて下さるとの”下心・・・?”有。...
View Article神様・仏様・美輪明宏様
私の母(加藤ハツ館長)は、美輪明宏さんが色紙に書いて下さった「慈悲」の2文字を大切にしていました。私達のライブやコンサートに半世紀に及ぶゲスト出演をして下さった事に、心より感謝申し上げたいと思います。 「名古屋のシャンソン歌手を育てる」とおっしゃって有言実行、名古屋巴里祭にてエルム出演歌手達と共演をして下さいました。...
View Articleフリーボード勝間社長に感謝
若手シャンソン歌手2名同時デビューと言う画期的試みをして業界で話題となった「フリーボード」の勝間社長は、名古屋市民会館開館40周年記念として開催されたシャンソン・フェスティバル「名古屋巴里祭」に、大沢樹生(ローラースケートのパフォーマンスで知られた「光GENJI」メンバー)と、ミュージカル・スター「鈴木壮麻」のゲスト出演を実現して下さいました。...
View Article日比英一氏の事
私の母である「加藤ハツ館長」の偲ぶ会での司会を引き受けて頂いた名アナウンサー・司会者、日比英一氏。 CBCの現役ニュースキャスターから役員に栄転された(全国的な話題となりました)後、若いアナウンサーが次々と良く似た理知的な表情と語り口調で「バトン・リレー」状態となりました。 日比さんは生前「マリオネット」と言うファドのデュオをご自身のMCで紹介しようとして実現できず悔しがっておられました。...
View Article友情物語CDについて
「グラシェラ・スサーナ」はじめ多くの友人たちの協力で完成したCD「友情物語」は、遺言状(←縁起でもない?)とも言うべきもの。 オリジナル曲からシャンソンの名曲までバラエティに富んだレパートリー。マリキータ&ジローによる「できごと」青山桂子による「5月22日のシャルルの為に」岡山加代子による「ジュ...
View Article大使館主催料理会
昔は、各国大使館が主催する料理を楽しむ食事会に良く出かけました。 当時、日本の各国料理はほとんどが私達の口にあう様にアレンジしたある物が多く「本物の味」とは異なる場合がありました。また、当時日本には輸入されていない食品も少なくなかった記憶があります。 例えばインドの「ビクヤニ」、フィンランドの「カナ・ラニエ・カスティケ」、北欧諸国の高度数酒「アクア・ビット」等。...
View Article狙われる文化施設
ライブハウスや劇場はテロリストの標的になりやすい。 モスクワ郊外で開演前に起きた銃撃の犯人はロシア語が話せないタジキスタン人(らしい)。報酬目的との事。放火までしてパフォーマンスの威嚇表示。事前情報を得ていたのにプーチン氏が無視したのは、ウクライナの仕業として罪をなすり付ける魂胆(?)...
View Article自由と平和の少年団とプロパガンダ少年団
自由・平等・平和を重んじるフランスのアリアンス・フランコフォン会長、J.R.ギオン氏は、若い頃「ドゴール少年団」で活躍。後にジャクリーヌ・ダノを副会長に、私を日本代表に任命。 ルイ・ヴィトン財団設立に寄与し、文化国家フランスを印象付けた。一方、各国に孤児院を建設。文化と福祉に心を砕いて活動。私の「フランス芸術文化勲章」の推薦状を書いたのはギオン氏。...
View Articleスタジオ・ハンデ閉館とハレ・ルンデ開館
かつては日本的にも特長あるミニ・コンサートホールとして名を鳴らした「スタジオ・ルンデ」私も幾度か聴かせていただいた。 巷では「クラシックのルンデ。ポピュラーのmss会館」とメディアで報じられました。...
View Articleシャンソンの聖地/エルム愛に満ちた言葉
記憶に残る言葉を残したシャンソン歌手「髙木椋太」さん。 エルム出演の際、僕に話してくれた「僕のプロフィールにはコンクール受賞よりシャンソンの聖地エルム出演と書きます」と言う表現に感激。そこには「エルム愛」が満ちています。 髙木椋太さんの様に会場を愛し、そこで歌う喜びを共有して下さる人が一人でも増える事を願っています。
View Article尾崎俊明氏に期待
私が繰り返し主張(永田先生の教え)した「法定訳詞」に関わる事は、今はそれを理解する人がほとんど居なくなってしまいました。 東京のシャンソン関係者でも、それを支持して下さった「日本訳詞家協会」の新井健司氏、自らの作品を「ボクは作詞だ」と控え目に語られた矢田部道一氏、ご両人とも故人となられ「シャンソン・ディプロム」を取得された50人程度の人によって伝えられるに過ぎません。...
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