揚輝荘での演奏
中日新聞に私達が幾度も演奏させていただいた初代松坂屋社長の別邸「揚輝荘」の記事を見た。 職員の方々の演奏者に対する気配りと「文化を守る」と言う意気込みに気持ちの良いステージをさせていただきました。食事も美味しかった事を覚えています。 「古川為之」さんがmss会館にいらした時にお話をしましたが、名古屋の経済界も昔はこの地域の「文化を守る」プライドがあった様に思います。...
View Articleアルゼンチンの想い出/スサーナの友情
私の最も古い女性歌手の友人、グラシェラ・スサーナは、毎年「エルム」出演をしました。第1回アルゼンチン公演の折、彼女は歓迎会を盛大に開いてくれました。一流のマエストロと歌手のステージに酔いしれたものです。...
View Articleアルゼンチンへの贈り物
アルゼンチン公演の折、私達が持参した贈り物は、片手ではとても持てない重量のレコ―ディング・マスターテープ。当時、経済的な問題でいわゆる「贅沢品」で禁輸。それをレコ―ディング・スタジオやライブハウス等にプレゼント。 没収覚悟でしたが、運よく没収されず(!)理由は、私達がVIP扱いで税関チェック無しだったからの様です。...
View Articleアルゼンチンで知った/1番長い日
人生の中で、最も時間がゆるやかに(それでいて感動的)に流れ、以後の音楽生涯の「ターニング・ポイント」となったのが、ブエノスアイレス市立劇場での「エスペランサ・オーチョ」のコンサート。 サウンドチェックからリハーサルへと進む中で、スタッフの一人が涙をためつつ「感激!」と言いつつハグしてくれました。本番では鳴り止まぬ拍手(帰国後、リリースしたLPに拍手も収録)。...
View Article高級クラブ巡演の時代
バブル真っ只中の頃、自分達では立ち寄れない様な高級クラブで演奏のチャンスがありました。 「和合」「なつめ」「クラブ まち子」「クラブ ら・けいこ」等でのお仕事はギャラ以外にチップもいただいたり「盆と正月が一緒に来た」状態! 一番忙しかった日は、3店舗を掛け持ちで「ドラム・セット」を3セット用意して各々の店に置かせてもらっての演奏。まさに”売れっ子スター”並の忙しさでした。...
View Article見習うべきはインドネシア
日本の人口がどんどん減っているニュースはずっと耳にしているが、出生率が最低の国となったのは韓国。医師のストライキもあり、受験勉強が「国是」のごとし。 一方、世界第4位の人口を誇るインドネシア。平均年齢も20代と言う。良い意味で日本を参考に発展目覚ましい。まさにイケイケ状態。1400社もの起業を若者が実現した。...
View ArticleShigeru Kawaiアリガトウ
KAWAI楽器、第3代 河合弘隆社長は、2代目の滋氏をリスペクトしてShigeru Kawaiピアノを開発。ヤマハを押さえて(スタンウェイに次ぎ)世界的に名を知られました。 エルム2階のクリスタル・スタジオ(旧mss小劇場)にある「KAWAI透明グランドピアノ」は世界30台目のものですが、1階のShigeru Kawaiは当時、世界で1台しかない「マホガニー」のもので”超レアもの”。...
View Article百万本のバラ、歌唱禁止令
ビックリする様なタイトルですが、心配無用。あくまでも、ウクライナでの話。 元々「マーラが与えた人生」と言うラトビアの作品で、反体制詩人プリエディスによるもの。巷に知られたのは、アラ・プガチョワが歌ったロシア語。 昨今のウクライナに於ける惨状を考えれば、ロシア語で歌う歌は「百万本のバラ」に限らず迷う所でしょう。日本語で歌えば気にする事は無いとは思いますが。...
View Article平和希求と可児シャンソン教室
20年続く「可児シャンソン教室」が実施した発表会では生徒3人が「平和希求」の歌を歌いました。 日本のシャンソンのお店では、お客のリクエストに応じる事が良いと思う人が少なくありません。思い出ある曲や楽しい歌のリクエストが駄目な訳ではありません。自身のメッセージ、伝えたい思いがそこにあれば良いのだと思います。...
View Articleサーカスに感謝
久しぶりにテレビで「サーカス」のコーラスを聞いた。かつて「名古屋巴里祭」にもゲスト出演してくれた事を思い出し懐かしい気分。 彼等と私を繋いでくれたのは、ミッシェル・フューガン。ご存知の通り、サーカスの代表曲「ミスター・サマー・タイム」はミッシェル・フューガンの作品。サーカスはもちろん、未だに多くのアーティストがカヴァーし愛されている曲。...
View Articleフリー・ボードに感謝
元ポリドールから独立して「フリー・ボード」を創られた勝間社長が、当時エルム所属歌手だった清水美帆に着眼されて「湯川れい子」作詞、「浜圭介」作曲、「萩田光雄」編曲で「禁じられた恋のメロディー」とカップリング曲「なにをいうてんのん」をリリースして下さいました。...
View Articleしつこく、まばたきと表情/おさらい
前にもブログで記述しましたが、”まばたきが少なく表情の良い”アナウンサーとして「林美紗希、堤礼実、有働由美子」を三羽ガラスと思っていました。そこに加えて「高島彩、森川夕貴、徳永有美」等の人もまたばきの少ない人。 男性でも「羽鳥慎一、安住伸一郎」等が居ますが美しい表情となると、やはり女性に軍配が上がります。いずれにしても何かの折に参考にされたし。...
View Article矢田部道一氏の矜持
折あるごとに、私達の活動にアドバイスして下さったムッシュこと「矢田部道一さん」は業界で数少ない「法定訳詞」の何たるかをご存知の方。 「KATO君以外に法定訳詞者は50年以上誕生していないから、もっとアピールしなさいよ」と・・・。 「ボクのは作詩だからね。シャンパーニュ(ムッシュの店)出演者には訳詞と言わないように伝えてるんだよ」と話されました。...
View Article歌に点数を付ける恥ずべき風潮
いつ頃か分かりませんが歌唱に点数を付ける番組の存在が気になって仕方がありません。いつ頃からの習慣か分かりませんが納得できません。 フランスでも同様の歌番組がありますが、点数を競うのではなくて新人スカウトの為。自社レーベルからデビューさせ、ヒット曲につなげると言うもの。日本で言えば高校野球の様なもの(?) 歌に点数をつけるなら「生成AI」に天下を取られますよ!
View Articleアルゼンチンでのステージ、突如誕生
私が所持していないグラシェラ・スサーナ・コンサートの映像入手。 多分観客が内緒で隠し撮りしたものでしょう。不鮮明でブレている。それでもグラシェラのチャランゴ弾き語りなど”お宝映像”と言えるかも。 容姿から見て日本でヒット曲歌手になる前のものでスペイン語でMCをして、歌っているので普通の人はあまり見ていないと思います。 グラシェラは、今頃どうしているのかなぁ?
View Article【Chanson Mémoire】エルム・メソッドの基本/歌=祈り・願い・叫び
年4回発行していた「Chanson Mémoire」は8ページの印刷物ですが充実した内容。 「エルム」の歌手につながる教えは健在。2ページに印刷されている「LESSON」と「SPOT」では、 ① うつ伏せになったまま歌って胸式→腹式への変膜のコツをつかむ② あくびをする時は、声を出しながらあくびをし、その時ののどの開放感を身に付ける・・・ と今に生きるアドバイス。...
View Article【Chanson Mémoire】NEWSの連続
思えば全盛期のAFJC(日仏シャンソン協会)は、各地に支部を開設しました。 その中のひとつ広島に「西日本支部」を開設した記事有(支部長は「はるのゆうに」となっていますが、実際は歌手「日高摩梨」)。 私が通産大臣認定「イベント業務士」資格取得も記事に。当時、同期取得者は「電通」の人間含めほんの数人でした。...
View Article【Chanson Mémoire】エルム音楽宅配便
ホーム・パーティーへもホテル劇場へも感動をお届けします・・・と言うキャッチ・コピーの元、30年以上の歴史を有する「エルム音楽宅配便」はエルム歌手を中心に「タンゴ・デ・ラ・エスペランサ」「グラシェラ・スサーナ&サンドラ・アロンソ」まで宅配メニューに入っていました。 ちょうど同じページに私に「フランス芸術文化勲章受章記念企画」としての「愛と人生のシャンソン」告知も書かれていて懐かしいです。
View Article【Chanson Mémoire】REPORT&NEWS/mssのサービス事業
1995年以降、エルムのコンサートが力を付けて来た頃「今、名古屋のシャンソンは注目度100%」と勇ましい発言を「REPORT」に掲載。...
View Article仰げば尊し、上野茂氏の恩
かつて愛知万博関連記者会見で当時、名古屋タイムズ在籍の「上野茂記者」にお世話になったがしばらく疎遠となっていました。 年月が流れて次にお目にかかった時は「劇場ジャーナル」編集長と言う肩書で、今では毎月お世話になっています。その上野さんが「なごや文化情報」にカラー4ページで私の事を書いて下さいました。...
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