シャンソンの父と言われた(その称号は、永遠のものとなるでしょう)
シャルル・アズナヴールの死後、その広い人脈が次々と知られるようになりました。
特にアリアンス・フランコフォン(世界108ヶ国に会員を有する「フランス語圏協会」会長のJ.R.ギオン氏のメッセージには驚かされました。
シャルルがこの組織の会員であったこと、そして私がこの組織の役員であることからギオン会長とシャルルとの間で、私の活動についての情報交換がなされていたことを昨年知りました。
日本でもファンのあるマルセル・アモンは、昨年90歳の記念コンサートを開き、新しいCD発売もしました。
その中で、シャルルとマルセルがデュエットをしている!
マルセルを発掘し、世に出したのがシャルルである点は、私の日本語詞を多く「法定訳詞」としてシャルルが認めてくれたことで、フランスのアーティストの間で私が信頼を得る契機となったことと共通。
そのマルセルの”人生最後のお願い”としてアルゼンチン公演を終えた後、バカンスを中止して急ぎ帰国し、デュエットを録音したシャルルの「友情」を何より大切にする生き方は、多くの人脈の鍵であったと認識する次第です。
パトリック・ブリュエルもエレーヌ・セガラも、ジャクリーヌ・ダノもジャクリーヌ・ボワイエも・・・・・。