シャルル・アズナヴールは楽屋に私を招いて、メッセージを手渡してくれました。
と言うのは、SACEM(著作権協会)の特別功労メダルを私が頂ける事になり、
その受賞パーティーの発起人になっているのに、
リサイタル中で参加できないから、当日読み上げる様に…と言う気配り。
色々話している時に、娘のカティアが入って来て「サンドイッチ食べたいから、
お金ちょうだい」と手を出す仕草の可愛い事と、
目を細めてお金を渡すシャルル・アズナヴールの父親としての顔を見る事が出来たのは、
とってもラッキーでした。
前回83歳での来日公演時、フランス大使公邸でのレセプションに際し、
招待された浜崎久美子さん
(当初の主催者はクミコこと高橋クミコさんと勘違いをしていた様ですが、
シャルル・アズナヴールが知っている久美子は浜崎久美子さんでした)
は1人5分という面会時間の3倍も会談。
それというのも、
「シャルル・アズナヴールには皆が高価なプレゼントをするでしょうから、
私はお嬢さんに…」と言って、可愛いネックレスを持参。
すると隣の部屋にいる娘カティアを呼び、
身動きとれない程の人垣をかき分けてカティアがやってくるまで、
浜崎さんと話すことになりました。
勿論、代表取材のテレビ朝日のカメラはずっとまわりっ放し。
ようやくたどり着いたカティアは
(日本人と違って、フランス人はプレゼントをすぐ開けます)
首にかけて、「パパ似合う?」…という訳で15分間映像が撮られ、
それを系列のメ~テレが番組にしてON AIR。
France2までもがON AIRして、フランスでも話題となりました。
そのFrance2のシャルル・アズナヴール特別番組で
浜崎久美子さんが歌って一躍知られたアズナヴール讃歌
「愛の響き~人生はアズナヴールの歌と共に~」は、
今回の来日公演サポート・シャンソンとして、楽譜無料配布しています。
心配していたことが現実となってしまいました。
病床にあったジュリエット・グレコが回復を願う日本のファンからのエール空しく、
6月の来日公演断念。
振替公演の予定もないので、淋しい限り。
年齢的にも、この先日本まで足を延ばしての公演は困難と思われるので、
せめて既に販売されたCDで、心を癒すしかなさそう。
そのことを思うと、シャルル・アズナヴールは超人!
今の所、体調も問題なく、来日が実現しそうなので、
無事公演を終えられることを願うばかり…。
第32回を迎える神戸市主催の日本アマチュア・シャンソン・コンクール中部大会は
5月26日に行われます。
今年は開場が大きくなって、800人規模のホール。(全国の地区大会でも最高)
ゲストはパトリック・ヌジェなので
審査発表までのミニ・コンサートもハイ・グレードで楽しみ。
中部地区大会は、他の地区大会とは異なって、
新しいシャンソン大賞の<シャンソン・ルネッサンス賞>や
FMラジオ出演が出来る<ZIP-FM賞>もあって、
応募も多くの方にして欲しい事は当然ですが、メリット有。
当日の鑑賞にも多くの方にお越し頂きたいと思います。
(入場料は、全国各地区大会で最も値打ちの1,500円!)
5月22日に92歳となる「シャンソンの父」=シャルル・アズナヴールの日本公演が6月に、
大阪と東京で有。
前方のプレミアム・チケットは即完売したけれど、その後は予想通り中だるみ…。
日仏シャンソン協会の特別推薦コンサートとなっているので、PRに全面協力し、
その結果が少しずつ出てきた様子。
エルムでのチケット取扱い分は完売し、今はプレイガイドへ誘導しています。
この一週間程、問合せも増えているので、このまま一気に満席に!と意気込んでいます。
7月のララ・ファビアンは8割位までは埋まっているとのことですが、
第22代シャンソン大使ヴァレリー・ミシュレーとアコーディオンのミッシェル・グラスコは、
全国各都市公演数が多いので、まだまだこれから…というところ。
いずれにしても、アズナヴール公演をまず成功させてから!
日仏シャンソン協会が日本に紹介したシャンソン歌手のうち、
2大巨頭と言えるのがパトリック・ブリュエルとララ・ファビアン。
特にララ・ファビアンは、青山桂子さんが「ジュテーム」をCD収録してから、
広く日本に知られるようになりました。
今回、ヌーヴォー巴里祭のゲストとして彼女が来日公演をするにあたり、
博多の有名店「華味鳥」の河津善博会長がメイン・スポンサーとなって
話題が広がっています。
「華味鳥」ホームページから応募すると、
ペア15組の人がコンサートに招待されるので、
ぜひトライしてみて下さい!
水たき料亭「博多 華味鳥」のホームページはこちら
↓
http://www.hanamidori.net/LaraFabian
ルコネッサンスBMPイノベーション賞受賞者マチュー・デュムラン氏や、
ヤフーBBのオンラインゲーム制作で名を馳せた
野辺継男氏等がパネリストをされる日仏討論会
「ビッグデータ、科学が約束する日常革命とは?」を聴く為に
何十年振りかに名古屋大学へ行きました。
学生当時、自分の在籍する愛知県立大学講堂よりも、
名大豊田講堂への方によく出入りしていたことを思い出しつつ…
(学生運動華やかな頃で、事ある毎に名大校内で集会やデモ準備の立て看板制作)
オルグに出かけ、あるいは合唱の練習、
時には佐藤信(シャンソン歌手、嵯峨美子さんの元夫君)率いる
黒テントの芝居を観に行ったり…懐かしさが込み上げます。
司会の中日新聞・伊藤嘉英電子メディア局長は顔見知りの方で、
久しぶりにお目にかかったら、電子メディア局長から監理局長にご栄転されたとのこと。
アリアンス・フランセーズ愛知のクリストフ・ドレイエル氏とも
私が病気になってから初めて会えました。
200人程の参加者の9割以上が男性。
日本は企業の役員や、議員の女性比率が世界でも極めて下位との論議がありますが、
この状態を見ると「さも、ありえん」と思う次第。
更に、学生とおぼしき参加者の少なさ…。
来日中のウルグアイのムヒカ氏の講演と比較すると
(スペイン語もフランス語も分からないのですが…)
テーマの違い以上に伝わるものの違いの差があります。
知識と知性、解説と信念、科学と哲学…?言葉が伝えるものは理解できなくても、
感情として心を打つという事に思いを馳せつつ討論を「聞く」より「眺めて」いました。
それでも、発病以来、筋肉だけでなく頭も使うことが少なかったので、
精神疲労は結構なものがありました。
クロード・モネ財団のモネ庭園長=ヴァエ氏から大きな袋のエアメールが届いて、
開けてビックリ!
とてもおしゃれなネクタイ
(少々派手すぎるかと思うけれど、日本でも還暦は赤なので早速着用)のプレゼント。
パリ同時多発テロ犠牲者追悼歌「哀しみのバタクラン~祈り・願い・叫びのレクイエム~」
CDの返礼と、賞讃のお手紙と共に…。
ヴァエ氏は、以前シャンソン教室の生徒さん達とパリツアーをした折、
モネ庭園入園に際して40名全員の入場料を無料にして下さったり
(公式イメージソング「モネの庭」歌唱者・岡山加代子さんだけでなく!)、
エルムの歌手たちのパリ公演の折、
モネ庭園の立派なパンフレットを歌手全員にプレゼントして下さったり
…とても優しく、親切な方。
日仏シャンソン協会の活動のひとつに<絵画と音楽のコラボレーション>があることを、
とても喜んで下さっています。
恒例日課の深夜マッサージから帰ると、ちょうど日付が変わって愚息の誕生日。
入れ替わりに外へ行ったかと思ったら、ペットボトルを持って帰って来て
「ハイ!誕生日プレゼント」…。
こちらがもらうのは何故?
自販機で「当たり」が出て、新製品の「ブドウ味のミネラルウォーター」が出たので、
どうぞということでした。
長男も長女も私の事は「先生」と呼び、
学生の頃から「父親と思っていない」と言われていたので、何か気恥ずかしい感じ。
私自身も母の事を「館長」としか呼ばず、母も私の事を「先生」と呼んでいたのが、
そのまま伝承されている形。
「親はなくても子は育つ」という人も居ますが、
確かに父親らしいことは何一つできて来なかったのに、
いつの間にか成人し、最近は言うことも少し変わって来たことを思うと
さもありなん…と思う次第。
5月13日
味わい深い文人スタイルで読む人を楽しませ、
心に残る一節を加えるという、まるで作曲家にも似た音楽評論の
新しいパターンを創出された永田文夫先生がお亡くなりになりました。
ご冥福をお祈り申し上げます。
来月に行われるシャルル・アズナヴール日本最終公演の
公式パンフレット作成の為、執筆の打診をしたところ快諾を下さった永田文夫先生。
5月12日、気心の知れた方との夕食で、
いつもよりお酒を多く召し上がって帰宅され、
「18日からは三越劇場があるので、前日までには書きます」とのお電話。
その翌朝、急逝されるなどとは誰も予想だにしていなかったはず。
秋に控える岸洋子ベスト盤CDの選曲や、
年明けの訳詞家協会コンサートなど、あれこれ立案企画され、
多忙を極める中、「永田文夫訳詞集」増刷版も出版され、
元気はつらつで卒寿記念コンサートを迎えられるご予定でした。
報道解禁後、時事通信を通じて知られた方々から、
多量のお問い合わせが日仏シャンソン協会へ寄せられました。
最も多いのが、
“ご香典送付先について”でしたが、
「(主催者ではありませんが)いずれ開催されるお別れの会に
お出かけいただくのが最善かと思います」とお答えしました。
三越劇場の卒寿記念コンサートが追悼コンサートの様相を呈するだけでも
大変なことで、まして出演される予定の前田はるみさんの胸中を思うと、
今は、ただステージに集中していただける環境作りが何より大切
と思ってのことでした。
この数年、メディアを中心にシャンソンに関するお問い合わせが
日仏シャンソン協会へ集中する傾向にありますが、
その理由のひとつに、夜中であっても、
ライブハウス「カフェ・コンセール・エルム」営業時間中は
共用電話で連絡が可能だからということが
今回の件でも実証されました。
永田文夫先生は事ある毎に私たちに的確なアドバイスを下さいました。
そのアドバイスに従ったからこそ、
今の私たち日仏シャンソン協会そしてエルムがあるのです。
このブログで、記憶をたどってお伝えしていきたいと思っています。
ララ・ファビアンの来日不可能との情報がネットで飛び交い、
その件での問い合せが日仏シャンソン協会へも(!)殺到。
「も」と言うのは、メイン・スポンサーの華味鳥・河津会長のところへも
問い合せが入っているので……。
フランス国内での情報は、かつてのエレーヌ・セガラと似た状況とのこと…
でも、シャルル・アズナヴールとは違って、
日仏シャンソン協会との直接の情報ルートはないので、確実なところは不明。
いずれにしても、外国人アーティストの場合には、
招聘する側は常にこうしたことのリスクと隣り合わせで、
日仏シャンソン協会がフランスから毎年招聘するアーティストに関しても
心配の種は尽きません。
招聘されている千葉さんは、大変な心労だと思いますが、
こうしてフランスからの招聘をして下さる大切な方ですので、
倒れられることのないよう祈っています。
パリ同時多発テロ犠牲者追悼歌「哀しみのバタクラン~祈り・願い・叫びのレクイエム~」
CD完成し、4月末から追悼募金をして下さった方々への配布をしています。
聴かれた方からは共感・感激の声が続々と寄せられ、
特にフランスからは感動のメッセージがたくさん寄せられています。
それと共に、故 加藤ハツ館長の「歌い手には平和を願う歌を歌う義務がある。
何故なら、平和でなければ文化は育たないから」という遺言が、
日仏両国で少しづつ広がりつつあるようです。
歌詞の中にある「怒りを捨て去る勇気」という言葉にも、
多くの方から共感の声をいただいています。
この楽曲をより一層広めると共に、
平和を願う歌を歌う<平和希求プロジェクト>を更に拡大して行きたいと
思っています。