中京テレビの「ミュージック・フェロー・イン・ナゴヤ」は
私が1ヶ月に渡ってレギュラー出演した番組。
画期的と言うより「向こう見ず」とも言える異例の企画。
後になってライブでは加えていない詩を冒頭に読み上げてON AIR。
「その言葉はまるで嵐の様に私の胸の中をかき乱して行った。予想もしない宣告が私をうろたえさせ、二人で築き上げた愛の形を過去のものにしようとしている。どうしよう?どうしたらいいんだ。黙りこくったままの2人の間を時計の振り子だけが行き来する」
無名の私を起用してこのシチュエーションをOKして下さったのが後に中京テレビ社長となられた(現場出身、生え抜きの社長として名を成した)山本孝義様でした。