子供の頃、貧乏な母子家庭に育った私の「おやつ」は戸棚にいつも入っていた「きな粉」をご飯にかけたもの。特別な日は「こうせん」。
ところが、他の家の子は食べられないような珍しい物は逆に豊富。
教員をしていた母の教え子に外国航路の船員が2人いらして、帰国するとどっさりとお土産を持参して下さいました。
例えばバンホーテン・ココア、冷凍庫で運んだベルギー・チョコレート、当時高級品だった台湾バナナに至っては、その船員さんが着古した下着のシャツ一枚で両手に抱きかかえられない程のバナナと交換できたそうです。
ただ子供心に他の子が硬貨を握りしめて「おやつ」を買いに行くのがうらやましくもありました。
「小指の想い出」ならぬ「おやつの想い出」でした。