小冊子「可児市のじまんとほこり」を頂きました。
31ページ目の「植物はかせ加藤新市」の写真は私にとって懐かしいものでした。
人間国宝・荒川豊蔵のような方ならいざ知らず旧制熱田中学の教員に過ぎない祖父を紹介頂いて光栄です。
祖父は、祖母まつに言わせると「無欲の人」。
可児市久々利で新雑草(後に国の天然記念物となる)自生地を発見。
本来「新市草」とでも命名するところ、後輩の学位の為に「サクライソウ」として権利を譲ったとの事。
多くを語らない祖父ですが、博物研究者でもある昭和天皇が岐阜にお越しの折に同行しご説明を申し上げさせて頂いた事は生涯最高の名誉と述べたそうです。
帝国大学の方々や牧野富太郎・南方熊楠と言った方々とも親しくさせて頂いた様です。
「親の七光」ならぬ「祖父の七光」で私にとっては語るべき人でした。
感謝。
そしてお名前は伏せますが、届けていただいた可児市の方にも感謝致します。